石臼目立て ワークショップ

 ある目的
 或いは一つの約束を果たすための助走
 
ホップ、ステップ、ジャンプ。
 ようし、うまく踏みきれた。
 助走が充実していれば跳躍は力強くなるはず。
 助走に入るまでいかに強い意志を持ち続けられるかだ。
 さて、ことをおこす場合、垣根は高いほうがおもしろい、
 とは言ったものの、、、。
     平成11年


イメージとしての石臼
 石臼についての記憶。「昔、小さいころ。田舎のどこかでみたことがある」。思い出がイメージを刺激しながら言葉が置き換わります。「石臼そのものよりも、石臼が置かれている背景に対してへの思い入れ」あるいは「石臼が置かれている非日常の距離感への思い入れ」という具合に、、、。
 生活のまわりを見回して石臼をみることはありません。かりに見かけても庭石として利用されていたりします。この場合、石臼を本来の機能とは違うオブジェとしてみています。付加された過去『摩滅した臼の目』は今を強く意識させます。イメージは我々を裏切りません。佇まいは十分に美意識のなか(石臼の沈黙が心象風景を物語る)で踏襲されています。
 前置きが長くなりました。さて、ここに石臼を現実に自分達の手で使えるようにしてみようという提案があります。過去の遺物とみなされていた石臼を、その本来の機能を蘇らせ、身近な道具にしてしまう。それは思い入れを現実のものにする、つまり
石臼との距離感を縮める作業ともいえます。そのことに共感をもつ人達がいます。左の文脈に導かれるようにしてワークショップは始まりました。今回の作業にあたっての主役はあくまで素人のみなさんです。当社はヤードを提供したというくらいの役割です。本来work shopの意味は作業場です。作業の手順がはじめから予定されていたということはありません。まずやってみる。その後でやったことをもう一度トレースしながら、それがどんなことだったのかを考えてみる。おそらくそのくり返し。ただ同時進行していく作業はお互いの連帯感を深めます。それはお互いの石臼に対しての知識の共有であり、同じ作業を通してその瞬間を共有しているという充実感でもありました。写真はそんなワークショップの雰囲気を伝えます。