石臼 その後 先生から御丁寧なメールを頂戴しました。
ワークショップに参加された方々に御報告いたします。
信濃屋様
 さすが蕎麦打ちをやっている方ばかりなので、石臼の目立ても立派なものでした。
最後にそれぞれの石臼で作った粉でそばを打って賞味でき確認できました。それぞれ特色があるのも楽しいことです。これからは、ますます研鑽されまして、目立ての手法を保存していただけるとは、私の喜びこれに勝ることはありません。皆さまによろしくお伝え下さい。
                             三輪茂雄 Professor Emeritus Doshisha University


渡部さんからのメールです。
 石臼づくりを終えて
 3月の初め 信濃屋そば製粉に伺った時、奥田社長より古い石臼を手に入れましたよ、と言われ倉庫に入って唖然としました。パレットに積まれた石臼は20個以上あり半端な数ではありません。奥田さんは骨董屋から全部買い取りました、と涼しい顔で言われ、私は一瞬奥田さんが商売替えををするのかと思いました。趣味でそば打ちを行っている者にとって石臼はあこがれの道具なのです。ただこの石臼は道具としての機能が失われた石のオブジェであることが解りました。以前見た新聞記事を思い出し、石臼シンポジュウムを書かれた榎本さんに石臼の目立てについて相談いたしました。榎本さんから三輪茂雄先生をご紹介いただき、この勉強会が始まりました。
4月初め第1回目 先生の講義のあと実習になり、先生は石臼を見て中心部のアール部分を平らに削って下さいと言われ、受講者が交代でビシャンと両刃の、はつりハンマーで削る作業をするが思うように進行しない。内心目立ては終了できるのか心配しておりました。中心部が平らになったところで先生が、両刃の道具を使って溝と溝の平らな部分を叩き始めました。これがキーポイントであることが、後で試験挽きを行い見事粉が挽けたことで解りました。この時は全員で感嘆の声があがりました。秋口からリフォーム作業が始まり、楠木さんのダイナミックな作業はまさに石工さんそのものであり、みんなが引っ張られ石の粉を浴びながら汗を流しました。
一連の作業の中で感じたこと、石臼作りはアナログ技術でレコード盤の溝作りそのものでCD・MDのデジタル技術ではなくコンピューターNC制御のできない物であろうと思いました。石臼文化・技術の継承がなくなって行くことに対し、これを機会に少しでも後世に残して行きたいと言う思いを強くいたしました。完成した4組の石臼を囲み三輪先生に出来映えを評価していただき、個々に挽いたそばを試食した時、わき出るような達成感があり中年パワーを再認識いたしました。
12月25日泉北そば打ち同好会の例会にこの石臼で我々の栽培したそばを挽き試食しようと計画しております。
最後にこの様な文化事業を商売抜きで行われた信濃屋そば製粉の皆様に感謝申しあげます。
番外編
三輪茂雄 著書 石臼の謎(出版社クリオ)より
おれもなりたや石臼に、合わせてまわせばコができる。
                               
99/12/14
                              泉北そば打ち同好会  渡部保次

 
畑野さんからメッセージを頂戴しました。     
明けましておめでとうございます。早速、ホームページを拝見しました。「石臼目立てワークショップ」がなんとも感動的で、時間のたつのも忘れて読みふけりました。渡部さんほか皆さんの情熱がすばらしいと思います。
昨夜は興奮してなかなか寝つけませんでした。皆さんによろしくお伝えください。
それでは今年もどうぞよろしくお願いします。             00/01/04 畑野 峻      
                  
奥田さん 石臼豆腐シンポジウムIN大垣の報告致します。
大変楽しい勉強会でした。千代田のそば打ち講座終了が13時。車で名神高速 関ヶ原到着が16時。大垣市内での講演会には間に合わないので懇親会の行われる上石津町奥養老緑の村に直行いたしました。懇親会は18時から70名近くの方々が畳敷き大広間で三輪先生の挨拶、星野芳郎先生の乾杯で始まりました。男女別は男性6割、年齢別では20代から70代まで平均した年代で若い方々は先生の教え子が中心になっていました。
私の隣席は熊本大学理学部の先生で西日本水車協会の役員をされている神谷先生と意気投合、水車についていろいろ教えて頂きました。水車協会の集まりにも参加したいと思っております。宴たけなわ開始1時間ごろに当日のメインディシュ豆腐が登場いたしました。各自小皿に7ラ7ラ3cmのこだわり豆腐が配られました。
地元でしょうちゃん豆腐と慕われている豆腐屋さんのご主人が紹介され今回三輪先生ご依頼のこだわり豆腐製作の苦労話をされました。
大豆は富山産、にがりは鳴き砂のある丹後半島久美浜の海水から抽出、水は豆腐屋の井戸水地下120mから汲み上げた物、当然豆は石臼挽きこれを醤油等の調味料なしで試食いたしました。
豆の香りがし、柔らかすぎず堅すぎずクリーミーな感触で、甘さがあり、温度も程良い温度で豆腐好きの私には大変良い思いをさせていただきました。
大広間の方々で車座ができ全国各地から集まった人々で各分野での得意話に花が咲きました。
翌日玄関前に置いた三輪先生個人用の1丁豆腐石臼を取り囲んで試運転。見事にご汁が出るのを見ながら意見交換会。その後場所を移しセミナー室で先生の補足説明と質疑応答で2時間和気会々のシンポジウムが終了いたしました。前半の講演会の聴講ができなかったことは残念ですが、食に関連するシンポジウムの楽しさを十分満喫できました。今回はご都合で参加できなかった奥田さんにあらためて御礼申しあげます。
次回はご一緒できるよう願っております。
                                      
00/07/04 渡部保次

渡部さんからおみやげの火打石。
懇親会会場裏手の山で見つけられました。
氷河のなかにとじこめられたアイスマン「5000年前の男」DerMann im Eis 文芸春秋刊
彼の所持品の一つ、袋の中から見つかった火口についての記述があります。P170
彼は袋の中に発火道具を持参していたのである。昔は、すぐに火のつく火口を作るために、樹木に寄生するツリガネムシの果肉をスライス状に切って、強く叩き、硝石の溶液に浸し、それを乾かした。そして火打ち石に黄鉄鉱の塊を打ち合わせて発した火花を、ツリガネムシに移して、それを慎重に吹いて燃え上がらせたのだ。黄鉄鉱は確かに今回の袋には入っていないが、黄鉄鉱の結晶状の粉があったため、黄鉄鉱のようなものを袋に入れて携帯していたと想像されるのである。
flint 火打ち石
火を表す。火打ち石を打つのは、この石自体に内在する火を取り出すことを意味する。
in the coldest flint there is hot fire. どんなに冷たい火打ち石にも熱い火が宿っている。

 

00/12/02楠木さん自作の電動石臼2号機です。楠木モデル1号機をより機能的にしました。

京都化野の念仏寺にありました。子供しかるな来た道だ。年寄り笑うな行く道だ。
の文句の横に「豆腐」と題して次のような文章が。
信仰はお豆腐のようになることです。 豆腐は煮られてもよし 焼かれてもよし 揚げられてもよし 生で冷奴で ご飯の菜によし 湯豆腐で一杯 酒のさかなによし 柔くて 老人 病人の お気に入り 子供や 若い者からも好かれる 男によし 女によし 貧乏人によし 金持ちによし 平民的であって 気品もあり 上流へも好かれる行儀よく切って 吸物となり 精進料理によし 握りつぶして味噌汁の身となり 家庭料理に向く 四時 春夏秋冬いつでも使われ 安価であって ご馳走の一つに数えられ 山間に都会に、、、 ドコでも歓迎せられる 貴顕や外来の招宴にも 迎えられ 簡単なる学生の自炊生活にも 喜ばれる 女は特に 豆腐のようでなければいかぬ徹した人は 豆腐の如く柔らかくて しかも形を崩さぬ 味がないようで 味があり 平凡に見えて非凡。(原文のまま)