9月9日(土)
1週間しかたっていませんが、畑の表情には変化がみえます。飛び回るトンボの数がふえました。そば畑の上にある棚田のイネの穂は色づきはじめています。ようくみれば、まだ小さいですがそばの花が咲きだしました。


渡部さんに種まき後の除草のことについて尋ねました。「基本的に草抜きはしません。ソバよりも雑草の背のほうが高ければ、栄養をもっていかれるので、抜かなければいけませんが、むしろ雑草を混在させることで、そばの茎が倒伏するのを守っているということもあります」。


この後、我々は奈良市内にある元正天皇(凶作の時にソバの植えよと奨励した)の御陵に行くことを話しているとき、植田さんが「この地でも昔、米の出来なかった年にソバを植えたことがあるんです」と話されました。

8月18日の朝日新聞で「完熟トマトに農芸のこころ」と題した記事が紹介されていました。奈良大和郡山の産直トマトの20周年をふりかえって、徳永光俊さんが書いておられます。「一番のおいしさの秘密はなんといっても完熟だからではではないか」と。植物本来の姿である樹で成らせ完熟させ、自然のいのちを十分に蓄えたトマトだからこそ、いただく私達においしく、「ありがたや」の感謝のこころがわいてくる。作り手と食べ手のこころが響きあう。作り手がまごころを込めて育てることこそが、これからの農法となるのではないか」。具体的に江戸時代の農業書からそんな知恵を紹介されます。「田廻り、綿廻り」「手まわし」という言葉が出てくる。水田や畑の連作障害を防ぐ「作りまわし」である。まわしには目に見えない人のこころの世界にまで及ぶ。筑前の農書は「心の廻し」「心の内にて思案の廻し」が肝心と述べている。さて最近出版された薄井清著「東京から農業が消えた日」に言及され、「戦後日本の消費者はまず『腹』で食べ、次いで『口』、『目』、そして『頭』で食べるようになった。次は『心』だという。全く賛成である。その心とは何か。『農業のこころ』である。作り手、作物=食べ物、食べ手。これから生き物たちの間をこころがまわる。これからは「農芸のこころ」のまわしあいである」。と締めくくられています。