骨董市で見つけた薬の袋です。1枚50円。版木は6500円で売っていました。
袋にある脇田盛進堂、本家きんぎょやはともに奈良御所町、大和御所町と印刷されています。御所とはなにか薬に関係した所なのでしょうか。そう言われれば、奈良吉野には修験者が全国に広めたという陀羅尼助(だらにすけ)があります。

 
いかにもよく効きそうなデザイン、内務省免許が時代です。


    わかりやすいコピー、 右の図柄はどこかで見たことがあるような。
 
薬売り
室町末期の16世紀の京都に、主に舶来の薬種の人参、甘草(かんぞう)桂心(けいしん)香料の沈香(じんこう)を量り売りする薬売りが存在した。薬売りは店商(みせあきない)から行商と形態をかえることで商圏を全国に広げる。江戸中期18世紀から盛んになった薬の担(にな)い売りである。行商には富山、丹波市タンバイチ(奈良県天理市)総社(岡山県)の売薬、越後(新潟県)の毒消し売りなどがあった。枇杷葉湯(びわのはゆ)暑気払い、陀羅尼助(気つけ)藤八五文(とうはちごもん)頭痛めい。反魂丹(はんごんたん)むし歯薬、腫れ物薬等の薬がある。

  天理市はこの御所に近接します。御所という所をもっと知る必要がありそうです。

御所市
奈良県中西部、大阪府に接する商工業都市。1958年(昭和33)御所町と葛(くず)、大正、葛上(かつじょう)の三村が合併して市政施行。JR和歌山線、近畿日本鉄道御所線、国道24号線が通じる。市名は孝昭天皇池心(いけごころ)宮の御所転訛(てんか)説や葛城川河瀬(こせ)の意と諸説ある。金剛山地の東麓にあり、北部は平地で農業地帯が開け、南部は緩やかな丘陵地が広がる。金剛山から流出する葛城川と竜門山地西縁の重阪(へさか)峠に発する曾我川はともに北流して農業地帯を潤す。中心の旧御所町は江戸初期は桑名氏御所藩の城下であったが、のち天領となった。大和絣(がすり)の伝統を受け継ぐ繊維工業が市の工業生産の主位を占め、
在来の大和売薬を母体とする製薬業も盛ん。そのほか、ヘップサンダル、スリッパなどの履物類や万年筆の生産がある。農業は良質米で知られた米作中心から園芸農業主体となり、金剛、葛城山の丘陵地では花キ、植木の栽培が行われる。特産は
吉野葛、御所(ごしょ)柿である。霧氷で知られた金剛山、ロープウェーの開通した葛城山は金剛生駒国定公園に属し、古代史のロマンを秘める「葛城の道」には鴨山口神社、九品寺(くひんじ)一言主神社などの古社寺や、名柄街道と水越街道の交点にある名柄集落の古い民家が残り、ハイキングコースになっている。国指定史跡に宮山古墳、巨勢(こせ)寺塔跡、高宮廃寺跡、名柄の中村家住宅は江戸初期の町屋建築で国の重要文化財に指定されている。人口3万6693。
「御所市史」1965 御所市