そば浮世絵 第1集-1




上から2段目右端をクリックして下さい。 広重作 虎の門外あふひ坂 安政4年(1857年11月)
星は青白く、厳寒の夜空には雁が飛んでいる。防寒具に身を包んだ人たちが提灯を手に道を急ぐなか、手前二人の男達だけが半裸で提灯をさげている。それはなにか周りの風景とそぐわない。そんな疑問に答えて、ヘンリー スミス著「広重名所江戸百景」のなかで詳しく解説されていた。二人の半裸の男達は年季奉公の職人達で厳寒の夜に神社やお寺に御参りし、水垢離を取って修行の上達を祈っている。当時よくおこなわれていた習慣であった。
二人が持つ提灯には「金毘羅大権現」と読める。この二人、画面の右手裏にある金毘羅様に御参りしてきたところなのだ。赤羽根の水天宮同様、この人気のある神社もまた大名屋敷の中にあった。この場合は金毘羅様で有名な、四国は丸亀の城主京極家の上屋敷である。文化年間も終わり頃から神社は毎月10日、一般に公開されていた。江戸市民の人気を集めるとともに、京極家の大切な収入源ともなっていた。おそらく12月10日、太陽歴の1月中旬に当たる大寒の入りの頃。因みに屋台が二つ見える。向こうの屋台はニ八と、そして手前の屋台には「太平しっぽく」と書かれている。浅皿にそばと卵焼き、しいたけ、かまぼこ、くわいをのせて売られていた。