Memorandum


crepes bretonnes au sarrasin (クレープ・ブルトヌ・オ・サラザン)
そば粉入りクレープ。ークレープ約20枚を作るのにそば粉500g、卵4個、油大さじ2、塩多めに一つまみを用意する。生温かい牛乳を加えてのばし、普通のクレープより少し濃いめの生地にする。最後に軽く泡立てた卵白を加え、crepe a la farine de ble(小麦粉のクレープ)と同じように作る。そば粉のクレープはあまり焼きすぎないようにしながらよく火を通す。網焼きした小さなソーセージか練乳をつけ合わす。

Crepes:小麦粉またはそば粉のうすいgalette(ガレット)で、フライパンに油、バター、植物脂肪をぬって焼く。
bretonne:a. ブルターニュ(人)ブルトン語の
sarrasin:-n.サラセン人 -m.そば粉

Galette:
(1)円くて平たいパンケーキ(2)そば・とうもろこし粉のクレープ(3)折り込みパイでつくった円い形をした菓子。ー公現祭(1月6日、12月26日キリストの降臨祭から数えて12日目)の象徴的な菓子で、ロワール川以北の地域、主にパリ周辺で作る。ロワール川以南や南仏全域では公現祭のガレットはブリオシュ用生地で玉環状に作り、焼いてから、粗糖をまぶす。どちらからのガレットも小さな磁器で作った祝菓子用の人形が必ず入っていて、当たった人は一座の王になる。


キャビアの三種の神器といえば、相変わらずキャビアとブリニ、ウオッカの侵すべからざる三位一体が思い浮かぶ。-フランソワ・シモン

blini :ブリニとは、キャビアなどをのせて食べる小さなパンケーキのようなもの、そば粉が入っている。

buckwheat
(plant with) small triangular seed used for feeding horses and poultry.

〜flour, flour made from this grain. used in US for breakfast cakes.


It had been corrupted in Engrish to buckwheat meaning
beechwheat.
ソバは英語でbuckwheat、
beechwheatが訛ったものとされていました。
下記ブナの説明を読んで納得。
因みにドイツ語でソバをあらわす buchweizen のbuchブーフは本の意味です。


beech ブナ
北欧古代文字の板に書かれたので、ブナは「本」を連想させ、文書を象徴する。バッキンガム地方は、この木にちなんで名づけられた。実がbeechmastあるいはbuckと呼ばれるからである。ブタや家禽の豊富な飼料になり、飢饉のときには食料になる。丸太は冬には燃料になる。言葉は生活の上に成立するの例をもう一つ、canter(馬の普通駆け足)はイギリスのCanterburyという町の名に由来する。キャンタベリー聖堂に向かう巡礼たちが気取って馬をゆっくり走らせることを指してcanterと言ったのが始まりだという。


grinding 臼をひくこと:
Dトマスでは、「臼をひくようにきしる海」grinding seaとは人生のことである。
(たとえば、天地創造の際のように)、一般に「海の攪拌」というイメージがある。


buckwheater には初心者の意味があります。

Miller:粉屋


村の粉屋はしばしば銀行家の機能をはたし、収穫されるはずのコムギを担保に種コムギを貸し出し、他の者が困窮しても彼だけは栄えた。Every honest miller has a golden thumb. (粉屋さんにはみな金の親指がある)

洗礼名がMillerである子は、かならずDusty(粉の)という形容詞をつけて呼ばれる。「つねり屋」マーティン Pincer's Martin 「じゃがいもマーフィ」Spud'Murphy のように。


ルルドの洞窟:フランスにある奇跡のおきた聖地。1858年、この地の粉屋の娘が洞窟で聖母を目撃、聖母の触れた岩から水が湧きだした。この水は業病にも効く奇跡をおこした。1862年に教会が建てられ、今では大霊場となった。

 

millstone:The lower millstone grinds as well as the upper.


Johann Beckmann  AGAIN
一読驚嘆 膨大な知の集積
ヨハン・ベックマン著
特許庁内技術史研究会訳
「西洋事物起原」1-4
ダイヤモンド社
1520-680100-4405

ソバ
ジャン・プリュイエリムスは1530年「食べ物について」(De re cibaria)という本のなかでソバは少し前にギリシャおよびアジアからヨーロッパに入ってきたと述べている。1536年に書物を著した著名な植物学者である、ルエリウス(Ruellius)および1536年に死亡したコンラード・ヘレスバッハComrade Heresbach)も同じ説明をしている。ヘレスバッハはこの植物の原産地をアジア北部で、そこからドイツに入ってきたと述べている。1587年に印刷されたブルターニュの貴族の書いた「ユートラペ閑話」(Les contes d`Eutrapel)のなかでソバはフランスに入ってきて約60年になり、貧しい人々の常食になったと語る。マルティン・ショック(Martin Schook)は、ソバはフランドルで知られるようになってからわずか100年足らずであると1661年に書いている。昔の植物学者のロベリウス(Lobelius),ボービン(bauhin)兄弟及びマルティオス(Mathiolaus)らすべての人々が、この穀物はヨーロッパでは新しいものだったと主張している。
この植物が15世紀にはドイツ各地で普通に見られたに違いないと信ずるに足る根拠がある。1522年にBiblia,dudeschという表題でハイベルシュタート(Halberstadt)において低地ドイツ語で印刷された聖書である。この訳者はイザヤ書第二十八章第二十五節でルターがer saet Splez,つまり「彼はスペルト小麦を播いた」と訳した箇所をhe seyet Boekwete(彼はソバを播いた)と翻訳したのである。Heidenkornという名称は、早くも1552年の植物のカタログに出てくる。また、ピクトリウス(Pictorius)の1561年にチュリッヒで八つ折り判で印刷された辞書には、Heidenkornはocimumとなっている。私はこの辞書に「Heydel,これは、植物であってpanicumを意味する」と書かれているのを発見した。同様に1537年ダシポディウス(Dasypodius)が、「panicumはButzweiss,Heydelである」と言っている。そして、植物の名称の語彙をして「Heydelはpanicumで、butz Weyssもpanicumである」とつけ加えている。フリッシュは、Heydel-Fench(ヒースのオオアワ)という言葉を使用し、これがソバである、と説明している。リフ(Ryff)またはリウィウス(Rivius)と呼ばれる16世紀中葉の医者は、BuchをBauchにしてしまった。このような間違いは、高地ドイツ語から低地ドイツ語に翻訳する際にしばしば起こっている。しかし類似性がある。低地ドイツ語の長母音のoは高地ドイツ語ではauに変わるからである。ookはauchに、oogeはAugeに変わるのである。しかし低地ドイツ語の長母音のoは、高地ドイツ語では長母音uに変わることが多い。BuchやBuchbaumになる。

リコピンが多く含まれるトマトが注目されます。リコピンは活性酸素を除去してくれる抗酸化物質でトマトの赤い色素のこと、βカロチンの2倍、ビタミンEの100倍といわれます。トマトはナストマトで、Lycopersicon esculentumと表記。esculentumはソバにもつかわれます。esculentumはesculentus(食べるとか食用になる)の意味があります。ソバはFagopyrum esculentum (ファゴピルム エスクレンタム)と表記しますが、Fagopyrumのfagoはソバがブナの実に似た実をつけることからfagusに(ブナの木:ラテン語)またpyrumはpyros(コムギ:ギリシャ語)に由来します。

ソバの「門」から「種」までの分類学的呼称

種子植物門

Spermatophyta

被子植物亜門

Angiospermae

双子葉植物綱

Dicotyledoneae

亜綱

離弁花亜綱

Archichlamydeae

タデ目

Polygonales

タデ科

Polygonaceae

ソバ属

Fagopyrum

ソバ

Fagopyrum esculentum